隅田川覚え書き

大鹿卓
大正十四年当時の風情が細やかな文でそれとなく伺えイイな、適当に引用(既出<聖潮>より)

一.水上往来
吾妻橋。横倒しにしたヂャイアントの骨格。その肋骨の中を車や人が絶えず通っている。体臭の強いネズミのように。
一銭蒸気。このバネ仕掛けの玩具は古くて錆びているが煙を吐くことが上手。
船。よくまあ色んな形があるもんだ。よくまあ運ぶものがあるものだ。
ボイラー、電車、酒樽、材木、南京米、メリケン粉、嬰児、犬、猫、雀、等、等、等。
肥船。並んだ桶を赤い日が照らして缶詰のように綺麗だ。
(略)
夕。ビール会社に火がついた。探照灯のように光る硝子窓。
夜。街頭が一度に消える。停電。対岸で狐火を真似しているのかしら。
朝。靄深い午前五時。牛乳屋が車を鳴らして河岸を通る。櫓声に撥釣瓶の田園を思出しながら。

二.十二ヶ月
三月 淡雪。屋根という屋根が鯉になる。工場の煙突がとぼけた欠伸をする。川波にはもう鴎が遊んでいる。
四月 とうとう雨になった。女の子のお尻と手首を踊らせながら花見船が戻る
(略)
六月 塵捨場と材木置場の河岸に蝙蝠ががとぶ。何処かの軒で風鈴がなる。星が一つ。
(略)
八月 対岸の屋敷でカナカナ蝉が鳴いた。氷店のように提灯を並べた船。三味線。女。女。
和製ゴンドラの中で夜を明かす男女の幾組。
西瓜の皮が今日も沢山流れてくる。一体誰がこんなに食べたのだ。夕潮が緑に澄むと秋が流れ込んできた証。水底で瀬戸物が目を光らす。子供達よ。もう土左衛門の真似をするのはおやめ。

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これなんか今でもつかえそうなコピー↓

川開。隣のお嬢さんと初めて口をきく。今度こそ見落とさない。音がしてから首を上げたのじゃ遅いわ。でもお嬢さん、花火よりも美しい貴女の瞳

ホントは三.水死人というのを引用したかったのだけど、ちょっと長いのでまたの機会に・・・