<浅草底流記> 添田唖(亜)蝉坊の浅草

晩ご飯

添田唖蝉坊・知道著作集2
S57,8,5(初出S5)
刀水書房

沈んでいる塵芥箱 5時

浅草は、一個の塵芥箱から、夜が明ける
宮戸川の川面から、沸きのぼった乳白の朝の気が、音もなく、路地の中に流れ込んでくる。
乳白でもある。紫色でもある。その静かな気流の底に、沈んでいる塵芥箱。
一人の乞食が泳ぎ寄った。彼は、朝が湧いてくる方から、泳いできたのだ。だから、昆布のような彼の袖と裾とが、ゆるく靡いているのである。

こうした夜の帷が明けかかり、薄明かりがさす頃から活動し出す乞食の生態の観察からこの本は始まる。>まるで映画のオープニングみたいな、みなぎった緊張感。
そして、当時隆盛のカジノ・フォーリーの舞台裏や群れるごとく居並ぶ露天商や屋台(店)、食堂、芸人、香具師、乞食、売春婦を活写し、浅草だけでなく当時の時代(精神)をも鮮やかに映しだしている。
 
(同書より、左不明、右宮尾しげを作)
 やはり面白いのは、バナナ屋、メリヤス屋、薬屋、反物屋、草履屋、靴屋、玩具屋、植木屋、楽器屋、本屋、雑貨屋、古着屋、洋傘屋、タンかを切って(前口上)人集めし商品を売る大ジメ師(リツ(法律書)、キンケン(統計表)、カリス(まじないの本)、エゴイ(英語速習本)、ノードク(薬草類の本)、スリク(薬の本)等)これら香具師、門付、路上芸人の群れ。その前口上なんかが生き生きと描かれていて楽しい。

唖蝉坊が当時の浅草を次のように描いたが、これってジャズだよね

洋画から新時代の滋養を吸うモダニストと、銅銭で御利益を購う観音様の信者とが並んで歩いている。
あらゆる階級、人種を混ぜにした大きな流れ。その流れの底にある一種の不思議なリズム。本能の流動だ。
音と光り。もつれあひ、渦巻く、一大交響楽。ーそこには乱調の美がある。

 また乞食や売春婦に対する唖蝉坊自身演歌師で身近ただったせいか、暖かい視線が感じられ、いい感じ。

 最後の辺になると銀座やその他の街に人を奪われ、人気に陰りが出てきた浅草に対する亜蝉坊の哀惜の情がひしひしと伝わってくる。

例えへそれがゴミためであっても良い。浅草は浅草らしくあれ。汝自身を生きろ、浅草よ。
万人の浅草ー。浅草の底の流れ。明けてもくれても、果てしない、不断の循環。底の知れない流れ。
底のない流れ故に、奇しくも舟人は耳をかたむけようとする。


浅草の、渦巻く、濁流よ。

うたかたの夢だったのか、昭和エログロナンセンスアール・デコ)?
一年後のS6満州事変が勃発し、軍靴の響きが高まって行く。

蛇足(へびあし)
辻潤の詩なんかも引用しているが、この添田唖蝉坊・知道の本文が地になるとすごくイイ響き。

少し前の川端康成<浅草紅団>も香具師の世界だったね>切口が川端流のニヒルだけど