アフガンフリーク(罌粟の夢)

1979,9,10
 罌粟の夢


 宿へ戻ろうとしていた時、少年がこちらに小走りに走ってきて、話があるから来てくれないかという。何だろうかと警戒しながら後ろについていった。少年は斜め向かいの土産屋へ入った。奴等は安物のアクセサリーか何かくだらないものでも売りつけようと企んでいるのか、そう思っただけで、不快になり、足が止まった。
 入り口から顔を出して少年は頻りに手招きしながら「ミスター、中へ、ミスター、中へ。」と媚びる目つきで呼ぶ。
 乗る気は余りしなかったが、時間つぶしだと思って、足を踏み入れた。
 店主は椅子を出し座れと言った。店内はヘラートの土産屋と同様、大小様々な商品に埃がうっすらと積もり、骨董屋の雰囲気だった。
 しかし、何の用だろうか?話っていうのは?またとんでもないガラクタを高く売るつもりだろうか?そう思案するかしないうちに、薮から棒に「ハシュシュが欲しいか?」と訊いてきた。
この口からついて出た言葉に唖然としてしまった。余りにも唐突、突飛な誘いだった。混乱した頭の中を必死で整理しようとしたがどうすることも出来ず、「イエス!」と答えていた。
 まるでそれを長い間待っていたかのように、自分の抑制しようとする力をあざ笑うように、どこかから、もう一つの自分が喜々としてそう答えていたのだ。
 店主は値を告げて、浅黒い大きな掌に載せた少量のハシュシュと黒い塊、コールタールの様なものをこちらに近づけた。ハシュシュの方は一目瞭然だ。だが、もう一方の直径五ミリ程の小さい丸い塊は何だ?初めて見る物だ。訊いてみると生阿片だった。気前よくハシュシュと生阿片をくれたが、黒い塊の方はどうして摂取してよいのか分からなかった。阿片は初めてだったからハシュシュのように吸うのかどうするのか皆目分からなかった。
 考えてみても分からないので、摂取方法を実演してくれるように頼んだ。少し考えているようだったが、こうするんだと、こちらに分かるように、少量の黒い粒を口に入れ、舌先を丸めながら、それを飴のように溶かしながら食べた。ハッパのように吸うのでなく、食べるのか。見様見まねで、同じように、もらった物を口の中に入れた。一気に胃袋に入れるのが惜しい気がした。奴と同じく舌を使って舐めるようにして味わった。苦い味がした。唾液に溶けて次第に阿片が小さくなっていった。思い切って舌を弾ませて小片を咽喉に投げ込んだ。
 明日買いに来るからと言って、その場は一旦試食だけで済まし、阿片の効果をゆっくりと味わうためにホテルに向かった。
 効果が現れてくるのは三、四十分後だろう。実際、阿片をやるのは初めてに違いなかったが、どこかで見たような気がした。そう言えば、以前あの時カトマンズーで見ていたに違いない。

 それはTと一緒にパイショップからハッパをやりながら、外に出た時だった。男が擦れ違い様「阿片(オピウム)」としわがれた小声で呻いた。二人はぎょっとして振り返った。両手に持っていたのは数キロはあろうかと思われる、大きな塊だった。年を食った奴はイカレていたのか、体をフラフラ揺すりながら歩いて行った。チッラと見た時、その浅黒い顔には異様なほどの陽気さが溢れていた。
 いくら、バカボンの間でハッパがやれるネパールと言っても、それを取り締まる警察は厳然と存在する。なのに、真っ昼間に、人が行き交う中を、それも、でかい阿片をこれ見よがしに持ち歩いている売人がいるだろうか?!冗談じゃない。本物だったら、警察が黙っているわけがない。だから黒光りしていた塊が阿片であろうはずがない、そう思い込み、ただ呆然として互いに相手の顔を見つめ合っていた。ふと我に返ると、奴の姿を目で追ったが、杳として知れなかった。
 だが、今、阿片を初めて手にして、分かったが、あのネパールの黒い塊は確かにこれと同じ物、阿片だった。ただその時、信じがたかった理由は、その異常なほどの量とあのイカレた、脳天気な親爺の奇妙な振る舞いのせいだった。
ハッシュ!ハッシュ!
 カトマンズーでの出会いを思い出している間も、もう阿片の効き目が現れるのでは?やきもきしながら時間が経つのを待っていた。しかし、飲んだ量が少なすぎたためか、顕著な効き目らしいものは現れなかった。変化といえば、少しばかり首から後頭部にかけて薄荷を舐めたときのような、涼しい、清涼感を感じただけだった。
 
 この阿片にせよ、ハッパによ、不意に姿を現し、また忽然と消えていった。あの、パリのジャンキーもそうだったな。