キノコと少年たち①

in 1980 written

少年たちはいつしか郊外に出ていました。
 彼らは白ウサギの糞(フン)をたよりに旅をしていたのです。
野宿しなければならないこともありました。しかし白ウサギを探し出すまでは帰るまいと少年たちは固く決心していました。
 
 荒地の中に一本だけ生えている木の下で子供たちが休んでいた時どこからかしわがれた声が聞こえてきました。
「どうなさったのじゃい、若い衆」
 ハッとして子供達が辺りを見渡すと右横に皺だらけの顔が覗いていました。びっくりした彼等は一瞬、どう答えていいのか分からず、とまどいましたが、長い髪からぴょんと耳が飛び出した子供がこう答えました。
「僕たちは僕たちの可愛いペット、白ウサギを探しているんです。もう一週間も前に突然になくなったんです。もちろんうさぎ小屋は鍵がかかっていたし、どこにも穴は開いてなかったし、それなのに消えていなくなったんです。ただ一つの手がかりと言えば、白ウサギが残した糞だけです。そこで僕たちは白ウサギを探してここまで来たんです。
おじいさん白ウサギを見かけなかったですか?」
白髪の老人はあごひげをなでさすりながら言いました。
「おお、そうか、ご苦労なことじゃて、はて、白ウサギか?」
「残念ながらわしは知らんの」
「ところでお見受けしたところ、お腹がすいているんじゃないかの」
そう言うと、老人はゆっくりと体を折り、肩に担いでいた麻袋をおろし、中から何か取り出しました。それは真っ赤なキノコでした。夕日が射す中、赤黒い色がピカピカ輝いています。
 少年達はそれを見て、ぞくっと身震いしました。老人は目元にまるで顔中の皺を集めたように、眼でにこやかに笑いながら
「心配しなさるな、若い衆、これは毒キノコではないぞ、あの森では」と節くれた指を差しながら子供達に言い含めるように言いました。
「森では村人の主食じゃて、村人と言っても村に住んでいるのはこのわしとおばあさんの二人だけじゃがのう、とにかくこれを食えば力も出るし、このひとかけらで一ヶ月以上生きられるのじゃ、どうじゃ、スゴいキノコじゃろうて」
「所が、どうじゃ口性ない町のものたちはこの可愛いキノコを毒キノコと言いふらしよって、怖がって誰も喰わんのじゃ。実際に誰も喰ったことがないくせにのお。毒キノコだとウソを抜かしよるんじゃ。
 しかし本当は、このキノコは他のと較べて特別栄養があるんじゃ。ほれ、実際これを食っているわしは、この通り、長生きして、元気じゃろうて。皆このキノコのお陰じゃ。分かったか。若い衆。 遠慮せんで、さっさと喰うがよい。
じゃ、わしが先ず食ってみようか。」
そう言うや、老人はキノコの傘の部分をひとかけらちぎって口のなかに入れました。
そして、老人はモグモグ、シャリシャリ、、グチャグチャ、パリパリ、ザクザク、痩せたほっぺたをふくらませたり、すぼめたりしながらさぞかし美味しそうに食べました。
心配した少年達は止めようとしましたが、すでに時遅く、キノコは老人の胃袋の中に入りました。
 もしや毒キノコを食べて死んでしまうのではないかと子供達はやきもきしました。というのは、学校で赤だの黄色だの緑色だの、色のきれいなキノコは毒キノコだと教えられていたからです。
 暫く子供達は固唾を飲んで老人の様子をじっと見ていましたが、なんの変化もありません。いえ、彼の目は以前に増して大きく見開かれ、光り輝き、顔中に若々しさと生気がみなぎってきたようでした。
老人は
「元気になったわい。どうじゃ、腹が減っているなら、このキノコを喰うがよい。わしは用事があるんで街へ行かねばならぬ。
白うさぎが見つかるとよいがの。
そうそう、森へ行けば、おばあさんがいるから、助けてもらえばいい、
会ったら、呪文でこう言うんだ「アダブカダブラ」とな、そう言えばおばあさんはわしの友達と言うことが分かり、お前さんがたを手厚くもてなしてくれるはずじゃ
じゃ、わしは行かねばならぬ。さらばじゃ。よいか、合図の呪文は「アダブカダブラ」じゃ、忘れるなよ、よいか」
そう言うと、ぎくしゃくした歩き方で影を引きずりながら町の方へ向かいました。
 子供達はよもやこんなへんぴなところで人に会うとは夢にも思ってなかったので暫く口をぽかんとあけたまま見送るともなくその後ろ姿を見ていました。
ふと気がつくと、足下には赤いキノコが5つ残ってました。まるで魔法にかけられたような気がしました。